ちよ子のつぶやき3月編です。

83歳の草柳お母さんに、ちょこっとだけ、母の様子を伝えた。というか猫の餌を運んだついでのモノの5分で聞いてもらった。話し相手になってもらった。甘えさせてもらった。ありがたい。つい涙ぐんだらお母さんも涙目になってた。会えて良かったわねと言ってもらえて、嬉しかった。もっとお母さんともお話ししたいな。お母さんのつもる思い出話を沢山聞いてさしあげたい。女性は話し相手が欲しいもの。
自分の母に満足に何もしてあげられなかったから。せめて義母には、親孝行したい。娘ができたから嬉しいと迎え入れてくださったお母さん。ありがたい存在です。

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自分より上か同じくらいと思ってた異性に、自分より年下ですよね?と何気なく聞いてみたら、当たり前じゃないですかと返されショックな43歳です。30代男性にそう思われたということは、20代男性からはオバさんなんだなと。。。
若い方と会うと自分も若くなった気がして楽しいが、年相応の品というか、もう少し落ち着きたい。子供のような素直さと笑顔を備えつつ慈しみと愛情もたたえつつ。万事塞翁が馬の、落ち着き払った、何があっても驚かない動じない。ただ安らかに全てを許せる深い懐。そんな人間に成りたい。

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墓参りで、小学四年生の姪っ子が、今更ながら私を見て、ねえねえママと同じ顔!何で⁉️と訊かれた。
姉妹だからだよ。ママのお姉ちゃんだよ、12歳年上だよと言ったら、さらに驚いていた。
続けて妹が、お姉ちゃんの動画を友達に見せると、そっくりだね、動きが同じ!と笑われるらしい。

うちら姉妹は母に似て、どこかひょうきんなんだと思う。いとをかし。

インスタミート初参加して、花びらを踏まないように見ている自分の影の写真を撮った。気に入ったのでFacebook のプロフィール写真にした。
同時にカバー写真を、数年前の千葉のかかし祭りで、撮ってる自分の後ろ姿の写真に変えた。そのかかしがフラダンスをしている面白いかかしなのだ。

人生死に向かう旅なり。楽しむなり笑うなり。深く刻むな。さらりと流せよ。

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3/24(金)

未確認飛行物体が落ちる夢

目覚めると、母が箪笥など開け閉めして身支度をしていた。
父が、「北海道の父が危篤なんだ、行ってもらう」と説明。
母は出ていった。自転車に乗って駅へ向かったようで、父が窓から「おお、あっちから行ったか」と見送っている。

その後、空から何かが落ちてくるのが見えた。
じっと見ていると、大きなロケットのような丸い飛行機のようなものが地上に落ちた!
「謎の未確認飛行物体が落ちたようです!」というテレビの実況中継が聞こえる。

すると、自衛隊のような人達が来て、大きな穴の開いた飛行物体の中に入り、大きな袋で何かを回収し、吸い上げ、そのまま空に昇って行った。

(感想)
夢では、父の父が亡くなったという設定だったが、母の最期が近いのかなと思った。
同時に、飛行物体が落ちる部分は、とても鮮明でハッキリ覚えている。
この飛行物体が落ちる夢というのは、実は、数年前にも見ており、その時もしっかり覚えているほど記憶に鮮明でショッキングな夢だった。その夢の後、家族の病気が発覚した。

母のお別れが近いのか、病気が再発しないか。
懸念はあるが、注意深く、そして気を付けよう。母は母の自然な体力、生命力にお任せする。今、あちこち行って心の整理しているのかな?

【飛行機】…野心。パワー。権力。進歩。自由への希求。旅立ち。別れ。何かから逃れたい衝動。死。
飛行機が墜落する…一時的な計画の変更。野心や冒険が打ち砕かれる不安。自信喪失。

未弐の夢辞典さまより
http://www.geocities.jp/dreamusic7/


3/19
母にプレゼント

母は10年以上入院している。
母とは5年くらい会っていない。毎月1回、父が面会に行っている。一時はだいぶ元気で、一年に2回、墓参りの時に外出許可を貰って、一緒にお参りし、皆で食事もしたものだ。でも5年くらい前から、持病の糖尿病が悪化し、外出がなかなか出来なくなり、月一回の面会もできたり出来なかったりだったらしい。

今年に入ってから血圧が上がり続け足が浮腫むようになった。2ヶ月、外出も面会も出来ず、血圧200が続いた。先生に父が言われたのは、血管に腫瘍が出来てて、肺を圧迫している。腎臓がひとつ機能していない。いつどうなるかわからない。延命措置はどうしますか?と。。。

その時はまだ、普通に6人部屋で車椅子で過ごしており、父は半信半疑だったが、最後に一言ポツリと先生が言った言葉。

今ならまだ意識があるから元気なうちにご家族皆さん会っておいた方がいい。

この言葉が気になった父から電話が来たのが木曜日。三連休だしお墓参りも兼ねて集まろうと、全員都合がついた日曜日に皆で面会に行くことに。金土と栃木取材だったので、そのまま千葉のネットカフェへ。日曜、墓参りと食事を済ませ、妹家族と父とうちら夫婦7人で病院へ。私は初めて病院に行き、初めての面会になる。

入り口でマスクを買わされ装着して体温を測る。37度以上あると入れない。受付で12歳以下の子供は入れないと言われて待たされたが、父が先生に直談判し無事に全員入れた。

母は個室で酸素マスクとカテーテルを入れられていた。でもすぐに気付いて笑顔になった。

お母さん
すぐ手を握った。暖かかったけど、手の甲が真っ青だった。痩せて小さくなってたが、元気そうだった。耳が遠くなってて補聴器外されてて聞こえなかったようだけど、大きい声で話せば通じた。

小学四年生の姪っ子の名前もすぐ思い出し、妹には大きくなった痩せた?と質問。初めて会う妹旦那さんと甥っ子4歳、かずくんも挨拶。笑顔で話してくれた。初めて会う甥っ子は怖がらず笑顔だった。孫だよ男の子だよと名前を伝える。嬉しそうだった。

私には同じところにいるの?と訊かれたが、涙が溢れて止まらず会話もろくに出来なかった。言葉が出なかった。

これが最後かもしれないと思うと。
最後かもしれないのに・・・。
辛かったら痛かったら先生呼んでねとか、頑張ってとか、皆で来たよとか待ってるからねとか、何にも言葉が出てこなかった。

ただ、ヨギボーショプで買ったハギボーメイトのぬいぐるみを渡した。

これは、かずくんがお母さんにあげたら?痛いときに和らげてくれるかもよって提案してくれたもの。自分たち用に二個買ってあって、触り心地が良くて、赤ちゃんみたいで可愛いのは知ってたから。急遽3つ買った。二つは妹の姪っ子と甥っ子に。残るひとつは母にあげるために。
母の血を受け継いだものが同じぬいぐるみを持っているということ。

母に渡したら、ナニコレ?と不思議そうに笑ってたが、触って気持ち良いよと伝えると、嬉しそうに左手に持って手を上げて、コレもらったよ♪というジェスチャーをしてくれた。笑った顔のハギボーを見て、小さな手を触って、うふふと笑ってくれた。右手は動かないから、動かせる左手で持っててくれてた。言葉はなかったけど、ありがとうってことだと思う。

これで会うのが最後かもしれないのに、目の前に母がいるのに、今なら話せるのに。言葉が出なくて涙流してる私に、母が逆に気を遣って、外はまだ寒いの?と聞いてくれた。寒くないよ暖かいよ、お墓参りして来たよ。桜がもうすぐ咲くねと妹や姪っ子と父が話してた。

桜が咲くまでもつのか。涙が止まらなかった。

時折、咳込んで苦しそうだった。弱弱しく呼吸する姿が痛々しい。
1日1日が早いと母。

話は短くと言われてるので、ここで終わり。10分もいなかったのでは。皆で挨拶して出る。妹はまた来るからねと言ってたが、とても言えなかった。母に、ぬいぐるみを、私達だと思ってねすらも言えなかった。手紙くらい書いて来ればよかった。

ただ最後に手を握って、一緒だよと伝えた。一緒にいるからねという思い。
ほんとは抱きしめたかったけど、出来ないから、肩を触るしかなかったけど。
母はにこにこと笑っていた。
来てくれて、会えて嬉しいという笑顔だった。

私ひとり大泣きしてて、馬鹿泣くなよと父に言われたが、母は自分がもう先が長くないとわかっているようないないようなアッケラカンとした笑顔だった。

病院を出てから、父は、思っていた以上に早く深刻な状態になった母の姿に驚いてた。数日前は車椅子で大部屋だったのに・・・。
でも元気で意識のあるうちに顔見せられて、会えて良かったんじゃないかと皆で話した。私たち家族は、いずれ迎えるであろう母の死を、自然を、受け入れる準備、覚悟ができた時間だった。

母にプレゼントしたぬいぐるみ。
どうか母を見守りください。そばにいてあげてください。
苦しくないように辛くないように。ひとりで寂しくないように。
もう充分、母は痛みと共に生きてきました。
母が楽に天に召されますように。
迷うことなく笑顔で天国に旅立てますように。
神様、どうか母をよろしくお願いします。

お母さん。最後のプレゼントでゴメンね。
私だと思ってね。子供達孫達だと思ってね。お父さんだと思ってね。愛する皆だと思ってね。

お母さんが、とびきり笑顔で、嬉しかった。会えて、良かった。
神様、ありがとうございます。

泣かないで、お母さん66歳の誕生日プレゼントだよおめでとう、今迄ありがとう、大好きだよって笑顔で伝えれば良かった。
出来なかった情けない長女です。

この日は、帰りに蘇我でコスプレ撮影したり、船橋ららぽーとのヨギボーストアで買い物したりして、茨城のネットカフェに移動、宿泊。あいまあいまにずっと涙が出て止まらなかったな。泣いちゃいけない。まだ死んでない。そうだよ、まだまだ長生きするかもしれないじゃん?なに泣いてるのワタシ。でも泣けてくる。その繰り返し。
つくづく情けない。でも母の、あの無垢の笑顔は、ほんとうに、忘れない。ただただ、ありがとう。


3/15
確定申告、終了しましたー!
税理士の先生の、おかげです!!ありがとうございました!
今日のお昼に、書類が完成して、申告復興税の金額を教えていただきました。
いつも税務署でその場で払っていたので、今年はどうしようかと一瞬困りましたが、カード決済があるのですね!おかげで、ネットで自宅でカード決済できました。便利だわ、ありがたい~(涙)

6日に依頼の電話をして。自分は2日間だけ徹夜で領収書とweb明細とか揃えて。8日水曜日に全てをお渡ししして。13日月曜日に、質問された不明点の明細とマイナンバーと証明書のコピーをお渡しして。8日間で二人分終わらせてくださり、本当に感謝ですm(__)m

ほっとしたのも束の間。
仕事の仕方を変えたので、慣れるまで大変です。違和感があってふてくされております「効率」「効率」「効率」いやんなりますが、必要なことですし求められたらやるしかない、効果を上げるため効率化をはかってのこと。わたしが不得手なだけで普通に皆さんはやってることなのかもしれない。今後のためにも身につけていきます。そして、どんどん仕事を終わらせて、好きなことに時間を使えるようにする。
3月20日くらいには、目途を付けて、アトリエの片づけをしたいなあ。もう段ボール箱とか散らかり放題なので、また大掃除と模様替えのやりなおしですね。でも綺麗にしたいから楽しみでもある。


自分に返ってくる

写真など載せていないお仕事を幾つか同時にしている。
ふと、自分の言動が、相手にどのような影響を与えるのか考えると怖くなることがある。

仕事だから、感性を研ぎ澄ませて、自分の出来る限りを出してはいるが、それが偏った個人的見解になり過ぎていないか、客観的に見て他でも通用することなのか、公平で中立性ある視点なのか、間違っていないか、正しいのかどうか迷うこともあるし、本当に相手の為になっているのかすら、正直正解はわからない。
別のやり方を知って、こちらでは成果が出ないが、もしかして、コッチのやり方の方が、この場合は結果が出るのではないかと青ざめる事もある。
こちらが相手に良かれと思って伝えたキーワードを後に自分が言われたり気づいたりして、ハッとすることもある。向上を目指し指導しながら、自分も未熟な点に気づかされ、いやでも自分が出来るようにならなければいけないから、意識して自然にできるようにする。

結局、どうなるかわからないが、自分が相手に心を込めて時間をかけて自分という人間性を発揮して出したことは、最終的に自分に返ってくるのかもしれない。相手が良くなる。すなわち、自分も良くなる。
恐れることを恐れるな。謙虚に慎重に考えることは相手へのためであり自分のためでもあり。喜んでもらえるかは別にして、プレゼント、ギフトだと思って、大切に差し上げること。相手の幸せを願うこと。相手が笑顔になることを全力で表し手渡す。究極は、それしかない。
そのきっかけになるかならないかの小さな小石にでもなれればいいのではないか。そのくらいの距離感も大切だ。自身を保つためであり相手への礼儀であり。良き仕事を果たすためにモチベーションを維持することも自己管理、仕事のうち。
自分が自分なりにできる全てを尽くした、やりきったと思える仕事を与えられていること、一回一回が自分が成長する機会をいただいていることに感謝します。


顔を出さなかったワケ

最近になって、Facebook で顔写真を出すようになりました。今までは自分が描いたイラストでした。
ここに至るまで、昨年から、360動画や、普通の動画で何度も撮られて、いやでも自分を客観的に見るようになったこと。誕生日特典で夫婦二人の記念写真を何度も撮って自分の顔を見慣れたこと。年末、会員制のラウンジに入会して、いろんな人に会い刺激を受けたことなどあり、年賀状や名刺にも二人一緒の写真を使うようになりました。ゆるやかに変化してきてたんですね。そして、最終的にFacebookの顔写真に至る。

今まで顔写真を出さなかった理由は3つ。
自分の顔がいやだったこと。
自分という人間は旦那さんに守られて食べさせてもらってる1人じゃ生きられないダメな人間だと思ってたから。
そして、前回の離婚でかなり揉めて、5年かかってやっと離婚できた(しかも相手は納得していない)ので、いつか刺されるんじゃないかと怖くて名前も顔も変えたいくらいだったから。
だから、ずっと顔写真を出して来ませんでした。

今は、心境が変わって。
親からいただいた顔だから親は可愛いと死ぬまで死んでも思ってくれる。それでいいじゃん、それで充分だと思ったら、これでいいやと思えるようになった。自分くらい自分の顔好きになろうと思うようになった。
再婚して6年。前の旦那さんも、もうスッカリ忘れた。気にしていない。ただ、元気で幸せを祈る。再婚しててくれと願う。思い出しても笑顔かな。

死ぬときは死ぬ。だから、生きてる間は楽しもうと。
旦那さんは旦那さんの人生。わたしはわたしの人生。それぞれ個性があって役割があって得意なことがあって好き嫌いがある。協力し合う支え合うけど、精神的に自立しようと思った。弱い自分は捨てた。もともと、強い逞しい人間だった。ひとりで生きていけそうとも、良いお母さんになりそうとも、高校時代よく言われた。自分でもそう思っていたのに忘れてた。堂々と明るく好きに生きていく。死んだらこの顔も名前も体もさようなら。生きてる間だけだから。逃げない隠れないやましいことはしない。正直に誠実に。自分が出来ることをする。安心して生きる。
だから、このままでいい。自然でいい。この顔で生まれた。この顔で生きていく。


3/11
10日に新小岩で小顔マッサージを受けて、その流れで千葉の穴川の極楽湯へ。スタンプラリーコレで達成🌟
父の携帯が壊れたようなので、うちにある同じ機種を設定してあげて、極楽湯に来てもらい、温泉と食事を少しして。3時閉店で、24時間営業のジョイフルへ移動。また食べて飲んで話した朝まで。
朝まで寝ないでごめんね。時間足りない。もっと話したかったな。今度は急に来ないで泊まりに来なさい。ご飯いっぱい作ってやるからと言われた。本当はそうしたい。お父さんの手料理食べたいな。


3/8(木)
確定申告。税理士さんにお願いすることにしました。
5日になっても仕事が収集つかず、もう、ほんとうに限界。
草柳実家でお世話になってる税理士さんを教えてもらい、二人分お願いすることにしました。
6日月曜日に電話で依頼して、徹夜で必要関係書類を一式揃え、関係明細を片っ端から印刷。
8日水曜お昼には、段ボールひと箱ぶん、お渡ししてきました。
こんなに直前ギリギリになって、ほんと申し訳ないお恥ずかしいですが・・・
お金払ってプロにお願いして。肩の荷が下りましたm(__)m
ほっとひと安心&安堵。
今年から、和彦のぶんは、税理士さんにお願いしようかな・・・。


3/5追記
蜂の巣と犬の夢

昨日、和彦が腰痛でヤバかったので、急遽、渋谷のマッサージ行ってきましたが、スゴく良かった!わたしもやってもらったから。10年分の疲れをほぐしてもらった感じ!首のコリをやらかくしてもらったせいか、今日も夢を見た。

手の指に三ヶ所軟膏を塗って貰った。揉んでもらい気持ち良い♪(*^▽^*)
確実にマッサージの影響でしょう。
場面代わり。家の中の壁に膨らんだ箇所があり、蜂が一匹ブンと飛んできたので驚く。
急いで外に出ると玄関上に大きなまん丸の蜂の巣‼️
大変だ、蜂の巣だと電話をかけようとすると前の彼氏が、大丈夫だよと取って胸に抱えてきた。危ない危ない‼️鳥籠を渡すもピッチピチ、その状態で車へ移動。そこへ犬が吠えて噛み付いてきた。危ない!急いで救急車電話。蜂の巣があって犬が噛み付いてきてますとパニック!
が、犬は落ち着き人の体の上で寝やがった。重い。。。
少しすると出て行った。男児ら数人が犬だ、追いかけよう!と遊んでるので犬は追いかけちゃダメ向かってくるからと注意する。

という夢。
和彦にいったら、ただでさえ疲れてるのに何で夢で、そんなに疲れてるの?

知らんがな。(ノД`)・゜・。


父親。あなたの男性的側面。性欲。スパイ。周囲の人。友人。その犬の様な誰か。
犬に襲われる・かまれる…見知らぬ人から攻撃を受ける。喧嘩を売られても絶対に買ったりしてはいけない。

蜂の巣
感情を害する出来事。神経が休まらない状態。生理的嫌悪感。環境の悪さ。肉体的精神的な休息の必要性。ライバル。敵対心。好ましくない友人。煩わしい問題。不道徳な考え。自己の欠点

蜂の巣…財産。家族。整理整頓。エネルギーの生産的活用法。

未弐の夢辞典さまより
http://www.geocities.jp/dreamusic7/


3/3追記

受胎告知と骨折の夢

2017年3月3日に見た夢。
足首を骨折してギブスをしている。その状態でも歩いて何とか動いている。
どこかの家で調べものをしている。
そこの家に住んでいる画家のところにテレビ取材依頼が来た。
担当者がテーブルに座って、「このくらいの、こういう絵を描いて欲しい」と説明。
娘(?)がいったん聞いて、「今、先生(父親?)が来ますので、もう一度聞いてみてください」。
そこに、画家の父親がやってくる。

そのやりとりを見ながら、たまごっちのような丸い機械を見る。
何やら前から点滅している赤い部分が気になる。
この機械は、内臓の様子や、排卵などがわかる仕組み?
見ると、赤い部分で、数字の「1」が出現、大きく目立ち。

「1日目」の数字の1がポンとハジケタように動き、目玉が1つ出てきた。

おめでとうございます!1日目です。

のようなメッセージが出てきた。

「え?誰の子?」ちょっと考える。
「ああ、あのときの。。。」ちょっと納得する。

画家の親子とテレビ担当者がわやわや話しているのを背に

わたしの中で育ってるんだ・・・!この子と一緒に生きていこう!

という気持ちがふつふつと湧いてきた。

———————

という夢でした。
起きてスグ「受胎告知!赤ちゃんができる夢みたよー!」と旦那さんに喜んで伝えようと思ったら

「腰が痛い、、、」1時間くらい動けなかったようだ。

おやおや。疲れがたまっているのかな。
夢を見るの、久しぶり~!さて、この夢はなんだろう?

●骨折
手痛い失敗。心労。障害。生活に支障をきたす出来事。問題。
自分が足を骨折する…自己の行動を振り返るべき時。分不相応な事に手を出すと必ず痛い目に遭うという警告

●妊娠
潜在能力。新しい可能性。事態の変化。負担。願望成就のサイン。今まで努力してきたことが報われ大きく花開く。復活のチャンス。

未弐の夢辞典さまより
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うーん?
この夢が「妊娠」を意味してたかどうかは、感覚的なもので、考えるとよくわからない。
まあ、あまり気にせず、浮足立たず。
目の前の仕事の納品をきちんと行い、義務を果たしていきます。


ランナーで言えば、やっと折り返し地点
3月になりました。
ようやく折り返し地点に来ました。
3/1
仕事の目途が半分まで終わって、あと半分です。
今までは、ひとつに7,8時間かかっていました。
最近は鍛えられて、スーパー銭湯でもカフェでもファミレスでもGensenCafeでも。
そして車の助手席でも。
ノートパソコンで仕事が出来るようになりました。
おかげで、4,5時間で1つ仕上げられるようになりました。
やっと慣れてきたという感じです。

さて、3月です。
例えば、あと10個作る必要があるとして、1日に2個が精一杯だとして。
最初の一週間は確実にこれで終わるでしょう。
(一旦、ここで終了で、あとは、どうなるかわかりませんが、他の誰かにお願いしていく形になるかと?)

第二週から、やっと確定申告の作業に移れます。
もっといえば、家の掃除、片付けも、ようやく着手できます。
が、そんなことはやってられないので猛烈に確定申告作業に移行します。

・・・旦那さんのだけでも65万控除間に合わせたい。。。
心の叫びです。
今ですら、一日一食カップラーメンとお稲荷さんだけです。
土日に取材のついでにお風呂に入り、外食して栄養をとってる感じです。

10個作り終ったら、更に過酷なタイムスケジュールでこなすしかありません。
国民の義務ですから、自営業者として、やるしかないですね。
おそらくヒーヒーどころの騒ぎじゃない、ゼーハー以上のラストスパートになることが予想され遠い目。。。

ところで。
最近、あちこち外に出ることで、
「こんな良いところがあるのに、何でアピールしないんだろう」とか
「勿体無いなあ、ここをウリにすればいいのに」と感じることが多々ありました。

意外と、本人が、良さに気づいていない、わかっていない。
自分では、それが当たり前すぎて。
人から「スゴイ」と言われても、え?そう?これが?と思ってしまう。

灯台もと暗し。
それが「もしかして自分もそうなんじゃないか?」とハタと気づきました。

ここ最近良く言われてることを思い出してみました。
————-
・夫婦で一緒に仕事してて羨ましい
・いつも夫婦で何処か出掛けて楽しそうですね
・いつも夫婦で美味しいもの食べてますよね
・桜観に行ったり温泉行ったり悠々自適でいいですなあ
・夫婦で一緒にアチコチ飛び回って仕事してるなんてカッコイイですね
————–

そう思われているなら。
それで、いいのか、と(笑)

いくらムキになって
「いやいや、実は、そうでもなくて、こんなに大変なんです」と言ったところで

●インスタやFacebookなど見れば一目瞭然。
行動の結果として、他人から、そのように思われたということは、
客観的な事実として、その通りである

のだから、抗うことなく素直に受け入れて開き直ることにする。
実際、その一瞬一瞬は、ものすごく楽しんでますからね*

———————
*昔から、なぜか、「こんな大変だったんだよ」といくら話しても、決まって必ず
「楽しそうじゃん」「良かったじゃん」「なんか面白い」と大笑いされる傾向があります。
これは、わたしの話し方が面白いのか、わたし自身が笑えるのか、よくわかりませんが。

いくら力説しても、相手が笑うので、バカらしくなり、自分も「そうね。良い経験だわね」と笑って終わりになる。
そんなことが多々ありました。
きっと、今回もそのくち。

本音は言いたい。
山ほど話したい。
目途がついたら実家に帰って父と酒でも飲みながら話してウサ晴らししたい。
それか、友達と食事デートして、いっぱい聞いてもらう(笑)
———————–

結果として、事実として、夫婦で一緒に同じ仕事をしている。
それで、いい。

今までは「私はアトリエがやりたいんだ。旦那さんとは違う。旦那さんの仕事を仕方がないから手伝っている」という気持ちがありました。

でも、今は変わりました。
一緒に暮らし、同じ物を食べ、同じところに行き、同じものを見て、同じ体験をして、同じ仕事をすればいい。
ただし違う人間同士なので、感動の仕方はお互い別々。だから幅が出て仕事になるのだ。

そして余力があれば、「私はこれが好きだからやるよ」とアトリエをやればいい。

そう思えたら、気が楽になったー。
二人でやれる気がしてきた。

ならば、楽しもう。
ならば、より良く生きよう。
ならば、もっと後悔しないで今を大切にしよう。

他のものにならずとも、素のままで、今やってることが、生活そのものが。
仕事になるし、趣味であり生きる楽しみでもある。
いつも一緒で、それが普通で当たり前で、一緒に同じ仕事していきたいと思っている旦那さん。
夫婦であり、恋人であり、友達であり、同志であり、兄妹のようでもあり、家族である。
そんな夫婦になりたいと旦那さんは言っていた。
その通りになっているのではないか。

それで、いいじゃん。
それで、いい。

それでは皆様。
次の更新は、残り10本の仕事が終わって、確定申告が二人分終えて、アトリエが片付いてからになると思います。
4月かな…。

お元気で~(^-^)/~