この記事は、夫婦として仕事を始めることになった、真っ只中の、ちよ子の気持ちを書いておきます。(2018/7/29)

最近知った方からすると「夫婦で、これをやってるんですね、すごいですね」となります。
数年前からの「ちよ子」を知ってる人から見ると「随分変わったんですね」「新しい分野に挑戦してるんですね」となるでしょうし「今、結局、何やってるの?どうしたいの?」でしょう。
ここらへんを整理しておきます。

夫婦の歩み その1「好きなことで、どうやってお金をいただいたらよいのか、わからなかった」

和彦は、不動産鑑定の会社社長と、IT系会社社長の仕事のお手伝いを長年やっていました。

ちよ子とは、2004年に一緒に仕事をすることになりました。「好きなことを仕事にしよう」がモットーでした。

ちよ子は
・自分のオリジナルキャラクターブランドの制作、絵本化
・女性向け子供向け、ママと子どもがゆっくりできる古本屋(カフェ併設)
・アート雑貨店、手作りのお店、ギャラリー
をやりたかったのですが、

・最初に在庫を抱えて店舗を構えると身動きが取れないし、そもそもお金もない
ということで、ネットでやることにしました。

お金も家もありませんでしたので、和彦所有の板橋のワンルームマンションを社宅として住まわせてもらいながら、和彦の知り合いの接骨院で事務員を募集してたので、バイトで週4日働きながら、待合室にギャラリーを置かせてもらい、好きな良いなと思う作家さんに声をかけて、作品を飾っていました。同時に、その作品を、ネット販売していました。

1年半くらいして、和彦がお手伝いしていた社長さんがやっていた不動産相談サイトのサポート業務を、ちよ子がやることになります。不動産相談4コマ漫画や、メルマガ、不動産業者さん突撃取材など、忙しくなったのと、売れないこともあり、1,2年で閉店。このタイミングで接骨院も辞めます。この不動産相談サイトのサポートの収入で長らくちよ子は食べていました。

同時に、
・趣味で、無料のアートギャラリー取材レポート
をやっていました。
この頃、高円寺に良く行っていて、銀座、世田谷、埼玉、千葉と、どんどん出ていき、いろんな作家さん、ギャラリーさんにお会いしました。

そして、和彦が、「クラフト縁」という作家さんの会員つきアートサイトを購入して、個展案内や教室案内、募集案内など展開し、会員数も増え、最後、2010年に17人で「クラフト縁展」を開催することが出来ました。

この時、「LGG/ローカルギャラリーグループ」という任意団体を作って、ギャラリー会員を増やそうとしたのですが、17人の企画展で燃え尽き、結婚もして生活がガラリと変わったので、そのまま休止、休眠状態。今現時点で「LGG」の言葉は「ローカル・グローバル・グループ」という名前で再活用中です。

このように、「好きなこと」はガンガンやっていたのですが、それがお金に繋がらず、収入に結びつきませんでした。

ネットショップは知らないで自己流でやったため、値付けから高すぎでした。集客も広報もせず、上手く行かないからとスグ止めてしまって勿体なかったです。
今は、どうすればネットショップで売れるのか、アート系クラフト系のネットショップできちんと食べていけている方や長年シッカリ運営されているお店など、研究、勉強させてもらっています。

また、無料でやっていた取材アートレポートは大変喜ばれ、やり甲斐がありましたが、皆さんに「いったい何で食べてるの?」と聞かれ上手く答えられないので会員を募るLGGを作ったものの、無料の取材レポートを超える会員に有利な有料にするメリットを自分で見いだせなかったので積極的に広報集客できませんでした。お役に立ててないのにお金をいただくのは申し訳ないと思ってました。

このように、「好きなこと」で「どうやってお金をいただいたら良いのか」「好きなことと、相手がお金を払いたくなることの差」を埋められませんでした。これは率直に、webshop運営や、経営に関して不勉強で、「個人事業主として働く自覚」もあんまり無く、和彦任せだったので、途中で忙しくなって休止している状態です。

このアートクラフト系のネットショップ、販売展示と、作家さんとギャラリーの要望(おそらく展示会を企画して継続的に販売展示参加できる機会を設けていたほうが喜ばれたかもしれません)については、数年経った今だから、わかることや、感じることもあります。
また、自身で後年、アトリエをやったりもしたので、それら経験を踏まえ、今後、ブラッシュアップ&リフレッシュして、リスタート・リトライできる可能性は大いにあると感じています。

夫婦の歩み その2「やっと現実を知りました」

結婚しても最初は別居婚でした。毎月の不動産相談サイトの仕事の収入で、ひとり、好きなように食べて飲んで呑気にひとり暮らしてました。

3.11の地震で、一緒に大泉学園の家で暮らすようになりました。
(結婚する前、和彦は、御宿、狭山、新座、東金、大泉学園と5軒購入しており、週末だけ会い、暑い時は秩父の山の中で涼しく過ごし、寒い時は御宿の海のマンションで暖かく長閑に過ごし、年末年始正月だけ板橋と練馬に戻る、転々とした生活でした。御宿は特に居心地が良くて、長く滞在してましたが、和彦の実家近くで、すぐ住める使えるのが、大泉学園でした)

ここで、金銭感覚の違いにビックリします。
ちよ子は、
・カード払いが当たり前で、どかんと買って、パチンコが趣味の両親(トラック野郎⇒ダンプ運転手⇒タクシー運転手⇒運行管理職の父と、パチンコ屋の店員、水商売などパートで働いていた母)の元、貧しくはないけどお金持ちでもない家庭で育ち
・お小遣いではなく、買いたいものがあれば言って、その都度買ってもらってました。
とはいっても買いたいものは滅多になく、親を頼れとか親に興味をもてと散々言われたものです。

物欲も無かったので、お金に苦労したことは無く、高校時代にバイトを沢山して、一刻も早く自立したくて、すぐ就職して一年でお金を貯めて家を出てひとり暮らしします。

しかし、20代の間、親の借金を返すために、朝昼晩とバイトを掛け持ちし、目まぐるしく動いてたので「自分のこと」をいつも後回しにしていました。常に「自分さえ我慢すれば」で「考えないようにしていた」その為、自分の生活もメチャメチャで結婚、離婚も経験します。

やっと、30歳で「自分の人生生きよう」と決心し、ぜんぶ白紙にして東京に出ます。
(ここら辺は、書くと壮大になるので、いつか連載もので書きます)
そして和彦と出会い、彼が借金を返してくれたので、申し訳ないので、一緒に働くことになります。

和彦のおかげで、好きなことを、たくさん、出来て、面白かったし楽しかったのですが、「お金をいただくこと」「稼ぐこと」「食べていくこと」「お金って何?」というところを全然知らなかったんです。

和彦は、ご両親が校正の仕事で昼も夜も働いてバタバタだったそうです。息子二人、私立の大学出したのですから、たいへん立派な、素晴らしいご両親だと思います。

そんなご両親を見て苦労もしてきている和彦なので、親に頼らず、一円にもシビアです。
もう、買い物から全部任せてました。何を買うとお得なのか、半額、セール品、家の家計は全部和彦任せ。それでも、まだ、「自分の収入は有るから、好きなもの買おう何が悪いの?」状態でした。報告もしてませんでした。

ある時、病気になって自宅療養することになったときに、初めて、
「うちの家計って、どうなってるの?!」と青ざめたわけです。

和彦は一体いくら毎月もらってるの?!公共料金は、税金は、どこから引かれてるの?カードはどれで、口座はどれで?残高幾ら??
何もかも知らなかったので、それはそれは困りました。
これで、やっと、「我が家の家計」を嫌でも知ることとなり、四苦八苦で確定申告を済ませ、「うちらって、個人事業主なんだな」という自覚を、ようやく持つようになります。

夫婦の歩み その3「お金について無頓着をやっと自覚する」

和彦が病気療養で、収入が途絶える危機を迎えたとき(結果、途絶えませんでしたが)
「お金が無くなったら働けばいい、働けば最低限、生きていけるだけのお金は稼げる」とタカをくくっていました。

しかし「40代の何も資格無い女性が、パートやバイトで月幾ら稼げると思ってるの?40じゃ年齢制限あるし、もう若い子か、真面目に働く外国人労働者のほうが優遇されるよ」と言われ、バイトに出るのを断念し、1階の倉庫をアトリエにして、自分が買い集めてきたアート作品、雑貨などを飾って売ることにしました。

しかし、売れるものではありませんでした。いろんな人に「ここじゃ売れないよ」と言われビビってしまったからです。でも何人かスゴク気に入ってくださった方もいましたし、子ども達がたくさん来てくれたのが心の支えでした。創作の源となってました。

最終的に、近所の小学生たちのたまり場になって、楽しかったもんですから、子ども達のためにゲームを作ったり、くじを作ったりして、子ども達と遊んでばかりいました。癒されましたけど、まったくお金にはなりませんでした。お母さん方から「教室じゃないの?」と訊かれたり、近所の方には「ここらへんはお茶するところが無いから、カフェにしてくれたら助かる」とも言われましたが、すぐできるものでもありませんでした。

和彦が無事に復帰して、10秒動画の仕事を一緒にやることになり、アトリエを閉めて、一緒に企画を立てて、アチコチ取材して、動画を撮って、ブログを書く、という仕事を1年くらいやりました。かなりキツカッタです。ライターに憧れてはいたけど、こんなに大変だったのかと。仕事として文章を書くことを知らなかったので、良い勉強になりました。

この仕事が終了になったので、貯えを使って、2017年、コワーキングスペース巡りの旅や、名古屋グルメチケット散策の旅、今年春の京都大阪名古屋日暮里インバウンド旅に出ます。

(追記 2018/7/31)
この時に、人にはお見せしてませんが、非常に綿密で独自性ある面白い組み合わせをしたオリジナル旅行を和彦が計画し、実行、実践して行きました。
これはお見せした人や少し話しただけでも「面白い」「凄いね!」「それで食べていけば?!」とたいへん驚かれましたし、ツアー会社、旅行会社関係の皆さんにも「これは凄い。大変だったでしょう?勉強になります」と驚かれました。

serviceplanner という肩書は随分前から名乗っていて、実践してみた経験から、和彦のオリジナルの企画力&選び方は、喜ばれ、価値があり、仕事になる、お金がいただけると自信にもなっています。

そして2018年今年、不動産の社長さんのお仕事も終了することになりました。
いよいよ収入が途絶えます。それで、和彦が「夫婦でやっていく」となり、ちよ子も動きつつ、今に至っています。

serviceplannerとして、オリジナルな企画力はありますが、もっと素晴らしい方は沢山います。プロもいますし勉強なさってる人にはかないません。ですから、アイディアや企画力を活かしつつ、一緒に仕事としてやっていける方との出会いと、ひとつひとつ実行してくことを、今、進めています。(追記ここまで)

このように振り返るに。
ちよ子は、金くい虫なんですね。お金に結びつかない。
あったら、あるだけ使っちゃう。あとさき考えない。和彦だけが先の先を考えて、株を買ったり不動産を買って投資している。

で、今現在も進行中で、さまざまなお金の使い方について、ひとつひとつ、教えられてレクチャーされて指導を受けています。
自分がお金についてどれほど無頓着で考えていなかったか対峙するので、非常に苦しく、気分の良いものではありませんし、感情的にもなりますし、離婚したくなる、やってられない!と思う気もします。

ただ、やっと「お金について、考えればいいだけなんじゃね?」と思うようになりました。
ちよ子は「人のこと」も考えてこなかったけど、「自分のこと」と「お金のこと」を、いつも考えないで生きてきたんです。

いかに、お金について、考えてこなかったか、無頓着だったか。

いつもいつもクーポンサイトやアプリを調べて、一円でも安くを探している和彦に閉口していましたが、そうではなく、「時間と場所にいくらお金を遣うのか」ということでした。

例えば、集合時間まで、日中暑いので、マクドナルドで休んでな、100円でねと言われ。
マクドナルドが見つからなくて疲れ果て、コンビニで100円ジュース買って暑い中、駅の椅子に座ってました。和彦に報告すると、その100円は無意味なんです。死に金です。
マクドナルドなら、荷物も置けて座って休めれて涼しくて、充電も出来ます。その価値に100円なのです。水も持っていたので、外の熱い駅の椅子で100円で買ったジュースでは、暑いし休んでられないし充電も出来ない、意味がない100円、無駄使いということです。

また、駅前で待ち合わせしていて、コンビニで充電できるイートインがあったとします。これは、待ち時間が一時間以上の場合は、100円くらいで買ってイートインコーナーで休みながら充電するのに価値ある100円になり「それならいいよ」となります。
ここらへんの「見極め」は、まだまだ勉強中です、慣れていくしかありません。

100円を、いかに、価値あるものに、楽しく喜んで使うか。考えます。

何をやるにもお金ですが、大事なのは「自分で考えること」です

和彦が「夫婦としてやっていく」と決めて、じわじわと、いつの間にか、そうなり「私たち」と言い始めた頃は不快でした。私たちじゃなくて、あんたの考え方でしょ?と。わたしは違うと。

そもそも、一緒に仕事をすることになったキッカケは、ちよ子の借金を和彦が返してくれたからです。
「君は、僕の投資」と言われた。

嬉しかったけど、プレッシャーはずっとありました。
いつか、恩返しをしなくてはならない。でも、ことごとくお金にならなくて中途でやめた。

でも心のどこかで
「いつか、もっと仕事ができる人間になって、お金を稼いで、見返してやる」
という敵対感情がありました。

だから「あんたひとりで、仕事とって来てよ」と言いたかったけど
「じゃあお前、ひとりで仕事とってこいよ」と言われたら、とってこれません。
なにせ、仕事をとってくる能力も無いからです。

しかも、ずるいのは、和彦は2人の社長からの仕事で、ちよ子の生活費、食費を賄ってくれていたんです。それなのに、違う仕事で財布も口座も違うことをイイことに、好きなように使うだけ使って増やそうとして来なかった、計画性が全くありませんでした。

このような、自分のずるさ、ドス黒さにも気付き、
・夫婦として、一緒に仕事するなら、尚更、夫婦で言ってることとやってることが違うと、信用にもかかわるし、皆に迷惑がかかる

と思い、和彦の考え、想い、やりたいこと、目指すことを、共有し、理解し、連携し、自分も言えるようになる。
そのためにも、和彦とよく話し合うこと。
感情を抜きにして、どうなりたいかという結果、目標をイメージし、それに向かって出来ることをお互いがやっていく。

もう、この作業で、かなり疲労しています。
人のことを理解するのって、疲れます。粘り強く何度もやり取りしないと、わかりません。夫婦だとつい甘えて喧嘩になりがちです。そこを抑えて、真意を理解し受け入れていく努力、コミュニケーションを夫婦間で練習している最中ですね。

自分は今まで「和彦のことを考えていなかった」し「自分のこと」も「お金」のことも考えないで生きてきたのです。

それが、やっと「和彦のこと」「夫婦としてのこと」「お金」を考えるようにしています。
やっと、今、「精神的に夫婦としてスタート」なのかなと感じています。

お互いの個性を理解し、役割分担をして、目指すゴールに向かって挑戦していく実践している過程です。

「お金」についても、ただケチとかお得とかじゃなくて、今ある貯えを活動費にあて、当てた分、収入、収益として返ってくるよう、考えて使っていきます。まだまだ和彦クラスには行きません、幼稚園レベルですが、和彦からOKをもらうのが目的ではなく

「このお金をこう使えば、うちもありがたいし、相手にも有益だな」と思えるもの、人、時間、場所に使って行こうと思います。

まだまだ、考えられなくて、失敗して、こんな自分が嫌になりますが、逃げるわけにも行きません。残された道は、成長するしか無いんです。できるようになるしか無いんです。

そうやって、今まで、あらゆること・・・接骨院の受付も、不動産相談も、10秒動画ブログも、やりたいわけじゃなくて、やらざるをえない状況で、意図せず仕方が無いからやることになりました。(和彦はちよ子の為にやってくれたようですが)おかげで、何とかできるようになりましたが、かなりスパルタだったと思うし、よく耐えたと思います。
今では、全てが貴重な体験でした、悔いはありません、泣いたり失敗も多々ありましたが、笑い話。やり切ることができて、良い思い出です。

だから、当時の苦しさを思えば、和彦とすり合わせをきちんとして、トータルバランスで健康を考えてお金を使えばよいのです。彼の考え方を身につけ、生きたお金を使い、増やせる人間になります。

数日前の「おふろ♨ワーク」では、御徒町アメ横で「上限1000円でお腹いっぱいにする」というルールを設けられました。これは、参加者がもしいた場合、ゲーム感覚で遊んで競えることと、ちよ子の金銭感覚の鍛錬だと感じています。

千円予算で何を買うか。非常に迷いました。普段から考えてないのでキツカッタです。子どもの頃から考えている人や、やりくり上手な主婦の皆さんは大得意でしょう。かなり精神的にぐったりでしたが、お金を価値あるものに替えていく考え方の練習に、大いに役立っていると感じます。

お金は消える無くなるから、とにかく得ることしか考えられませんでした。
でも、今ある少ないお金を増やしたり動かして大きくすることは、考えたら、幾らでも、出来るんじゃないのかな、方法はあるんじゃないかな、とも感じています。

まずは、お金について「考える習慣」を身に着けること、ここからかなと。
お金を恐れず、楽しく価値あることに使って、皆で大きくしていけるんじゃないかなって。

やっと、夫婦として、人として「対等」に

最近、ようやく
「あんたが稼いできてよ」「働いてもらわないと困る」と上から目線、依存姿勢だったのが、やっと「夫婦として人として対等」になってきたかな、と感じます。

和彦のいろんな話を聞くにつれ、
「自分の生活費は自分で稼げるようになろう、自立しよう、人を頼らない。自立できてこそ相手を支えられる」と思うようになり。

「わたしが彼を応援しなければ、誰が彼を支持するのか」という気持ちになってきました。

和彦のことを理解し、共感できる人との出会い、和彦の思い描く「私たちの仕事」の成功、実現を、妻として、パートナーとして、人として、応援していきます。

和彦が【にほんご】私たち夫婦の説明書(2018年7月24日版/和彦作成)

【にほんご】私たち夫婦の説明書(2018年7月24日版/和彦作成)

で書きました通り、ちよ子と和彦は違う人間で、個性があります。

ちよ子は、ぶっちゃけ
「自己主体」で「自分さえよければいい」んです。

子どもの頃から、放浪絵描き、詩人、小説家になるのが夢でした。本ばかり読んで空想しては、詩や小説や漫画を描いて「自己満足」するのが大好きで、人なんかいなくても、ペンと紙さえあれば、牢屋でも生きていけると思ってました。だから、親ともコミュニケーションをとりませんでした。そもそも人に関心が無かった。

学生時代いじめられて殴られ初めて「イヤなものはイヤだって言わないとダメだ」と悟ります。
20代の時に自分を後回しにして我慢し続けて全てを失ったので「自分を大事にしよう」と思います。
30代で好きなことばかりやりました。自分を無にして人の話しを聴くのは楽しかったですが、有料でお金をいただく罪悪感があり、お金に結びつきませんでした。

そして40代の今。夫婦間でコミュニケーションをとりながら「相手の考え」を意識して聞くようにしています。それは相手の人間性と相手の人生を尊重することであり、自分自身が「お金のこと」「自分の考え」「自分の人生をどうするのか」を改めて、考えるようにしています。

ちよ子の方が人当たりが良いだけで、人間としては冷たいです。人のことより自分主体だからです。そのくせ自分のことを考えていない、自分を後回しにする癖があるので、好き勝手やってるのに葛藤があります。

その点、和彦は、我が強く押しが強く面倒くさい、気難しいと誤解されがちですが、ちよ子なんかより、よっぽど相手のことを考えています。相手の身になって、考えられる、相手主体の稀有な人です。自分に正直で自分を充分理解しているので他人にも自身にも誠実で、自分のやりたいことをやっており、葛藤は無いでしょう。やりきっていると思います。

ちよ子は、彼の特性を活かして、彼を素晴らしい成功に導かせてあげられず、足を引っ張ってばかりで申し訳ないのですが、今、和彦の考えを聞きながら取り入れて「進化中」でございます。

ちよ子は、つくづく、和彦に「育てられてる」「勉強させてもらってる」「学ぶ機会を与えられてる」と感謝します。

人は、人からしか、学べない。
学ぼうと、思った時しか、学べない。

ちよ子は、こうなりたいと考える「本心」

最後に。
夫婦として、どうなのかという話を、もっと聞きたい、と言われたことがあります。

ちよ子の場合、自分が経験したこと、実体験したことで感じたこと、思ったことしかお伝え出来ません。
かなり人生の失敗経験ありまして危ない橋も何度も渡りました。
「それ本にしたら?」ともよく言われますし、書いた記事を読んでくれた若い女性から「結婚前の女性、これを肴に酒飲めます!皆にシェアしました!」と言われたこともあります。

自分を無にして人の話を聞くのは好きだし楽しいので(あなただと話しやすいともよく言われます)これで食べていきたいです。

講演やセミナーではなく、先生や講師ではなく。
ただの「友達でもない、知人でもない、近所付き合いも無い、仕事の利害関係も無い、まったくの赤の他人」だから話せる相手として、一対一、または少人数で話しをお聞きする。
その人の話を、たっぷり聞いて、整理するお手伝いをしたり、応援する感じ。

不動産相談や、アート、クラフト、作家さん、ギャラリーさんなどとも関わってきましたし、コワーキングスペース巡りもしたので、その辺りの話もできます。実際、話を聞かれたこともありました。そんなことで良ければ、必要な方には、幾らでもお話ししたいです。

成功したというお話しは出来ません。しかし失敗談なら幾つもあります。こうやって失敗した、危ない目にあった、死にそうになった。だから、こうしなければ大丈夫という、すごくシンプルなことをお伝えすることができます。

和彦が【にほんご】ちよ子だけが行く理由(2018年7月25日版/和彦作成)

【にほんご】ちよ子だけが行く理由(2018年7月25日版/和彦作成)

で、「ちよ子の1人の時間を大切にする」と書いてましたが、ここは書いておきたい。

ちよ子にとって「ひとりの時間を大切にする」とは

・体のストレッチ、マッサージをする
・絵を描きたい(オリジナルキャラクターブランドを育てて絵本かグッズ化したいです)
・詩を書きたい
・自分の思いを文章にして書くことで心を頭を整理整頓したい
・切り貼り絵をやりたい
・読んでいない本を読む
・英語の勉強をしたい

これをしたい、を意味します!
自分の心が寛ぎ、潤い、豊かになる時間を、もっと自分にあげたいです。

と同時に究極には、
・実家に帰りたい一泊したい
・父と晩酌して父の手料理食べていっぱい話したい
・母のお見舞いに行きたい
・妹とたまに会って話したい
・もう何年も会っていない親友に会いたい

これらをしたいですね。

限られた数人ですが、死ぬまでに会いたい人、となるでしょうか。
そういう人達と会う時間は、自由にとりたいです。

その為には、「お金」が必要です。
今は、貯えられたお金に限りがあるので、仕事に結びつくイベント参加、打ち合わせ、主催イベント以外には使えません。

自由に使えるお金を増やせるよう、一緒にやっていける方との出会い、企画など、仕事に繋がるよう、和彦と二人三脚でやっていきます。

和彦は
・ビジネス目的で近づいてきた人とは仕事しません
・人として興味を持ってくれた、友達になった人と、仕事をしたい
・友達が困ってることを手伝ったり助けたり企画したり人を紹介する
・でも決定権のある社長か個人事業主さんと仕事がしたい
・日本だけでなく、外国の方とも友達になりたいし、一緒に仕事をしていきたい

と言っています。
書いてて気づいたのですが、
・何をやってもよくて、相手が喜んで価値がある面白いとお金を払っていただけるようなものを創る、形にする、実現していけば、いいんじゃない?
と思います!

和彦の、わかりにくいかもしれませんが、聞けば「わかる!」という方は絶対いらっしゃいます。そのような「わかる」方、「面白い」と思ってもらえる方、和彦のアイディア、企画プラン力に、どうぞご期待、チャンスを、応援ください!!!

おふろ♨ワークやAshiyuMEETで身近な「コワケ(コワーキング&バケーション)」を広めつつ、その人のためだけの、オンリーワンツアーやオンリーワンプロジェクトを創ります。

こんな私たち夫婦ですが、今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

追記
ちよ子個人の夢も実現します。

・各地を転々と移動して、お気に入りのホテルや旅館、ゲストハウスに泊まりながら、会いたい人に会ったり遊んだりしながら、コワーキングスペースで執筆と絵描きなどの仕事をして、ちよ子とお話会で日本中を巡る。
執筆と絵描きとちよ子のお話し会で自身を満たし、相手の方にも喜んでスッキリしていただき、ありがたく貴重なお金を頂戴し、食べていけるようになります。またそのいただいたお金を喜んで価値ある物や人に使い循環する。
そして、常に前だけを見て、心安らかに、この人生を終わりたいです。

うちの仕事はコレ!ビジネス=serviceplanner/社会活動=LGG/2018/7/31追記

このブログ記事を書いた翌日に、和彦が「これでいく!」とserviceplanner のページを作ったので、追記しました。お陰で、ちよ子もスッキリです(笑)⇒詳しくは【コチラ】

うちのビジネス⇒コワーキングスペースTips.Workを通して、おふろ♨ワークやAshiyuMEETを主催し、身近な「コワケ」(コワーキング+バケーション)を広めつつ、その人のためだけの、オンリーワンツアーやオンリーワンプロジェクトを創ります!

serviceplanner という肩書は随分前から名乗っていて、実際に2017年に、複数のリサーチツアーを企画し、実践してみた経験から、和彦のオリジナルの企画力&選び方が、強みと自信につながっていると思われます。

うちの仕事はコレです!「Our exchange」2018/8/8追記

さらに、より「詳しく」なりました!

【にほんご】私たちだけの秘密にしておくのはもったいない。何が?(2018年8月3日版/和彦作成)

そして「Our exchange」へ!

【にほんご】Our exchange: 「どうやって生活していくの?」の答えです😊 1 of 3(2018年8月7日版/和彦作成)

【にほんご】Our exchange: 「どうやって生活していくの?」の答えです😊 2 of 3(2018年8月7日版/和彦作成)

【にほんご】Our exchange: 「どうやって生活していくの?」の答えです😊 3 of 3(2018年8月7日版/和彦作成)